年商9,700万円の「地元で4番手」の酒蔵が、年商200億円・輸出比率4割超まで来た道筋を分解し、トマトジュースのブランド設計に使える部分だけを抜き出しました。
味を良くして値段を上げた話ではなく、①商品ラインを1つに絞り、②素人にも伝わる数字を作り、③既存の流通に乗らずに客のいる場所へ直接行った、という順番の話です。3つとも、いまのみのひだ社中で実行できます。
| 年 | 出来事 | 売上高 |
|---|---|---|
| 1984 | 桜井博志氏が34歳で3代目社長就任。岩国市内で業界4番手の弱小蔵 | 9,700万円 |
| 1990 | 普通酒「旭富士」をやめ、純米大吟醸「獺祭」だけに転換 | — |
| 1992 | 精米歩合23%「磨き二割三分」発売 | — |
| 1999 | 地ビール・レストラン事業が失敗(約2億円の負債)。杜氏・蔵人が離脱 | — |
| 2000 | 杜氏制度を廃止。社員によるデータ管理・四季醸造へ | — |
| 2013 | フランス現地法人を設立 | 39億円 |
| 2014-15 | オバマ大統領へ献上。翌年の大統領主催晩餐会で乾杯酒に採用 | — |
| 2016 | 売上100億円突破(前年70億円から65%増) | 100億円 |
| 2018 | パリに「Dassaï Joël Robuchon」開業(三つ星シェフとの直営店) | — |
| 2020 | 「Beyond」がサザビーズ香港で84万円落札(日本酒初出品) | — |
| 2021 | 海外売上比率が初めて50%超 | 140億円超 |
| 2023 | NY州に約80億円を投じた現地醸造所 DASSAI BLUE 稼働 | 174億円 |
| 2024 | 輸出額79億円(前年比4割増)。日本酒輸出額全体の約2割を1社で占める | 195〜213億円 |
| 2025 | 社名を「旭酒造」から「株式会社獺祭」へ変更 | — |
売上高は決算期・報道時期で数値が食い違うため(2024年度=195億円と213億円の両方の報道がある)、幅として扱っています。
調べて出てきた要因を、そのまま自社に置き換えるとどうなるかまで書きます。
地元・岩国では地酒は1番手2番手が優先され、4番手には勝ち目がなかった。桜井氏本人が「地元では完璧に負け組だった」と語っています。さらに地ビール失敗で約2億円の負債、杜氏の離脱が重なり、普通酒路線と杜氏依存という業界の常識を同時に捨てるしかなかった。
いちばん量の出る普通酒をやめ、山田錦・精米歩合50%以下の純米大吟醸だけに全商品を絞った。ラインナップが単純なので、日本酒を知らない人にも海外にも一言で伝わる。「獺祭=高精白の純米大吟醸」という記号になった。
1992年、灘の大手が24%精白を出したと聞いて、急遽23%まで磨いた。最後の2%を削るのに24時間かかる。味の説明が要らない。「23%」という数字だけで凄さが伝わる。これが書籍・テレビで繰り返し語られ、ブランドの代名詞になりました。
2000年に杜氏制度を廃止し、社員が温度・湿度・発酵をデータ管理する四季醸造へ。季節労働者への依存が消え、年1万6,000石→3万石へ増産できた。「幻の酒」なのに安定して供給できる、という矛盾を解いたのが海外展開の土台です。
卸を通す既存ルートを捨て、東京の酒販店・飲食店へ自ら飛び込み営業。この転換で当時の売上の約35%(約7,000万円分)の取引を失っています。海外でもNY・パリ・ミラノの有名店へ直接飛び込んだ。
正規特約店(約630店)とWebストアで定価販売を維持し、量販店での安売りに乗らない姿勢を取っています。
※特約店契約の値引き禁止条項そのものの一次資料は確認できず、定価販売の実態からの推定です。
2014年に安倍首相からオバマ大統領へ献上、翌年の大統領主催晩餐会で大統領自身の発案により乾杯酒に採用。パリでは三つ星シェフのジョエル・ロブションと組んだ直営店を出し、高級フレンチの文脈にブランドを埋め込んだ。
84万円の「Beyond the Beyond」を2020年にサザビーズ香港へ日本酒として初出品し、事前予想45〜70万円を超える84万3,750円で落札。ブランドの上限を市場に見せることで、下のライン全部の格が上がりました。
「獺祭」は蔵のある地名「獺越(おそごえ)」と、正岡子規の号「獺祭書屋主人」から。読みにくい字ですが、だからこそ記憶に残り、由来を語れる。最高級ラインのラベルは美濃和紙に一本ずつ手書きで、同じものが二つとない。
桜井氏は「戦略なんてまったくない、ただうまい酒を造りたいだけ」と語り、広告宣伝費をかけない方針を貫いています。売り込まない語り口そのものが信用になっている面があります。
獺祭の成功要因をトマトジュースに移すときに、構造的に効かない部分があります。ここを直視しないと計画が絵に描いた餅になります。
海外の消費者にとって日本酒は最初から「日本のもの」です。トマトは南米原産で加工は欧米が本場、日本産である必然性がゼロから作る必要があります。ここが最大の難所であり、社長が言われた「日本的要素の追加」が効いてくる場所です。
日本酒は高単価で保存が効きます。トマトジュースは重く、かさばり、単価が低い。1本あたりの輸送コスト比率が高いため、価格帯を上げないと輸出が成立しないという制約があります。逆に言えば、輸出前提なら最初から高価格帯で設計するしかありません。
桜井会長は「海外はスムーズに伸びているわけではない、むしろ全然伸びていない」「常に『うまくいっていない』という危機感を持ちながらやっている」と発言しています。米国では甘味嗜好の強い消費者に価値を理解してもらうのが容易でないと認めている。年商200億円・80億円を投じた会社でこの状態だという前提で、輸出の時間軸を見る必要があります。
上の①に対する答えの候補です。どれを採るかで、その後の設計が全部変わります。
トマトの旨味はグルタミン酸で、「うま味」は日本発の概念として世界的に確立している数少ない食の言葉です(1908年に池田菊苗が発見・命名)。トマトジュースを「野菜の飲み物」ではなく「出汁に近いもの」として提示すると、日本産である必然性が立ちます。海外の料理人に対しても説明が通ります。
標高の高い夏の産地という条件は、既存商品でも産地表記に使っています。ワインの「テロワール」に近い語り方ができます。
理由9のとおり、岐阜には美濃和紙があります。獺祭が最高級品にだけ使っているものを、地元の企業として本流で使えます。